帆足万里(ほあし ばんり、1778年 – 1852年)の『東潜夫論』(とうせんぷろん)は、幕末期の1844年(弘化元年)に完成した社会経済および国防の改革を論じた重要な著作です。この書は3巻構成で、「王室」「覇府」「諸侯」の3つの主要項目に分かれています。
王室
第一巻の「王室」では、朝廷の役割に焦点を当てています。帆足万里は、朝廷が文教と礼楽を主導すべきだと主張しています。具体的には、儒学、蘭学、仏教学、国学(和学)の振興を提唱しており、これらの学問の発展が国の文化的基盤を強化すると考えていました。
覇府
第二巻の「覇府」では、幕府の役割と改革案が詳細に論じられています。帆足万里は、幕府が政治と刑罰を担当し、強力な中央集権制を確立すべきだと主張しています。具体的な改革案として以下のものが挙げられています:
- 譜代大名の戦略的配置
- 貢租制度の改革
- 貨幣制度の見直し
- 都市計画の推進
- 学制の整備
- 寺院対策
- 外国貿易の促進
- 蝦夷(北海道)と樺太(サハリン)の開拓
さらに、帆足万里は積極的な外国の侵略防備策を提案しています。これには、西洋の東進に備えた洋式大艦の建造、大砲・鉄砲の充実と訓練、大名城郭の石造化、南北国境における防御体制の強化などが含まれています。
諸侯
第三巻の「諸侯」では、藩政の刷新に焦点を当てています。帆足万里は、不正と賄賂の横行により乱れた藩政を改革する必要性を説いています。具体的な提案として、武士の土着化と江戸留守居・大坂蔵屋敷留守居の廃止などを勧告しています。
『東潜夫論』は、帆足万里の豊富な学識と家老としての実務経験に基づいて書かれた経世の書です。新井白石や荻生徂徠の影響を受けつつも、朝廷復興策など独自の創見も多く含まれています。
この著作は当時の幕藩体制を揺るがす内容を含んでいたため、秘密裏に手写され広まりました。帆足万里は国王制(天皇制)を理想の国体として提唱しており、これは幕府にとって危険思想とみなされる可能性がありました。
『東潜夫論』は、単なる政治論にとどまらず、具体的な提案も含んでいます。例えば、燃えにくい都市構造のために石造りの建造物を推奨したり、葬儀の在り方や宗教の形態、さらには運河を開いて米などを西国から東北に運ぶ経済システムの構築など、多岐にわたる提案がなされています。
この著作は、幕末期の日本が直面していた内外の課題に対する包括的な改革案を提示しており、帆足万里の先見性と実践的な思考を反映しています。


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