フッサールの「純粋意識」という概念は、現象学的還元を通じて到達される、あらゆる前提や解釈から解放された意識の状態を指します。この概念をより分かりやすく理解するために、具体例を挙げて説明します。
純粋意識の基本的な考え方
純粋意識とは、日常的な「自然的態度」を一時的に保留し、意識に直接現れるものだけに注目した状態です。この状態では、物事の実在性や客観的な意味についての判断を括弧に入れ、意識に現れる現象そのものを観察します。
具体例での説明
例1:リンゴを見る
日常生活では、目の前にあるリンゴを見たとき、その実在性を疑わずに「リンゴがある」と判断します。しかし、純粋意識の観点からこの体験を見ると:
- リンゴの実在性についての判断を保留します。
- 意識に現れる現象としてのリンゴに注目します。
- 赤い色、丸い形、ツルツルとした触感、甘酸っぱい味など[2]。
- これらの感覚や知覚が、どのように「リンゴ」として意識に現れるかを観察します。
この過程を通じて、リンゴの実在性ではなく、意識における「リンゴ」の現れ方そのものを純粋に捉えることができます。
例2:不安や自由の概念
抽象的な概念についても、純粋意識の観点から考えることができます:
- 「不安」や「自由」の客観的な意味や定義を一旦保留します。
- これらの概念が意識にどのように直接現れるかに注目します[2]。
- 意識に直観された意味から、これらの概念の本質を抽出しようとします。
純粋意識の特徴
- 内在性:純粋意識は、外部の実在に依存せず、意識に直接現れるものだけを扱います。
- 志向性:純粋意識は常に何かについての意識であり、対象を志向しています[1]。
- 反省の可能性:純粋意識では、注意の向け換えが常に可能であり、意識の作用そのものを対象にすることができます[1]。
結論
フッサールの「純粋意識」という概念は、私たちの日常的な認識の仕方を一度脇に置き、意識に直接現れる現象そのものに注目することで、物事の本質や意識の働きを明らかにしようとするものです。この純粋意識への還元を通じて、フッサールは私たちの認識の構造や、世界との関わり方をより深く理解しようとしたのです。
Citations:
[1] https://note.com/gaccoh009/n/n00f99de11b85
[2] http://yamatake.chu.jp/03phi/1phi_a/1.html


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