ハインリヒ・リッケルトの認識論について、具体例を交えて説明いたします。
リッケルトの認識論
リッケルトにとって、認識とは単なる現実の複写ではなく、価値判断を伴う選択的なプロセスです[1]。
認識の構造
リッケルトは、認識を以下のように捉えています:
- 主語(非合理的内容): 認識の対象となる現実世界の多様な要素
- 述語(合理的形式): 認識主体が適用する概念や形式
- 価値判断: 主語と述語を結びつける際に働く選択的プロセス
具体例
例えば、「この花は赤い」という認識を考えてみましょう。
- 主語: 目の前にある花(非合理的な現実の一部)
- 述語: 「赤い」という概念(合理的な形式)
- 価値判断: 花の多様な特性の中から「色」に注目し、「赤い」と判断する選択的プロセス
この過程で、認識主体は花の他の特性(香り、形状など)を無視し、色に焦点を当てています。これがリッケルトの言う「価値関係的」な認識です[1]。
自然科学と文化科学の区別
リッケルトは、この認識論を基に自然科学と文化科学(歴史学など)を区別しました[1]。
- 自然科学: 一般的法則を追求
- 例: 「すべての金属は熱で膨張する」
- 文化科学: 個性的特徴を重視
- 例: 「ナポレオンのワーテルローの戦いにおける決断」
この区別は、それぞれの学問が異なる価値判断に基づいて現実を切り取っていることを示しています。
認識の客観性
リッケルトは、認識の客観性を思考から独立した基準に求めました。しかし、彼はこの基準を物理的な「実在」ではなく、「価値」に見出しました[2]。
例えば、「2+2=4」という数学的真理は、物理的世界の事実ではなく、論理的価値に基づいて客観的と認められるのです。
このように、リッケルトの認識論は、現実世界の多様性から価値に基づいて選択的に知識を構築するプロセスとして理解することができます。
Citations:
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88
[2] https://plato.stanford.edu/entries/heinrich-rickert/
[3] https://yamaguchi-nishida.org/sanoblog
[4] https://en.wikipedia.org/wiki/Heinrich_Rickert



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