ミハイル・ペトローヴィチ・アルツィバーシェフ(ロシア語: Михаил Петрович Арцыбашев;英語: Mikhail Petrovich Artsybashev、1878年 – 1927年)の小説『サーニン』(ロシア語:Санин)は、20世紀初頭のロシア文学において大きな反響を呼んだ作品です。1907年に発表されたこの小説は、当時のロシア社会に大きな衝撃を与え、論争を巻き起こしました。
作品の背景と概要
『サーニン』は、1905年のロシア革命後の政治的反動期に執筆されました。この時期、ロシア社会は民主化活動や初の民主的選挙による議会(ドゥーマ)の設立など、大きな変化を経験していました。
物語は主人公ウラジーミル・サーニンの実家への帰還から始まりますが、主に彼の妹リダ・サーニナと、革命活動に関与して大学を除籍された元学生ユーリ・スヴァロギッチを中心に展開します。彼らとその友人たちは、セクシュアリティ、社会的圧力、革命、そして生と死について探求していきます。
主要なテーマと思想
『サーニン』の中心的なテーマは以下の通りです:
- 個人の自由と欲望の肯定: サーニンは「欲望こそがすべてだ」と主張し、善悪に関わらず個人の欲望を重視する思想を展開します。
- 性と若者のセクシュアリティ: 作品は当時としては斬新な、女性の性的自由に関するフェミニスト的な考えを提示しています。
- 道徳的規範への挑戦: 主人公サーニンは、ロシア人の不健全な道徳的執着を嘲笑し、太陽光と率直な官能性の教義を説きます。
- 虚無主義と快楽主義: サーニンは社会の解決不可能な問題に対して、利己的で皮肉な快楽主義的生活様式を採用します。
社会的影響と批評
『サーニン』はロシアの若者に多大な影響を与え、その教義を実践しようとする動きが広がりました。チェコの学者であり大統領でもあったトマーシュ・マサリクによれば、「サーニン主義」は政治的に抑圧されていたエネルギーの一部を吸収し、インテリ層の一部に「粗野な快楽主義」を促しました。
一方で、オットー・ボーレは、若者が「サーニン主義者」になることへの警戒は帝政政府によって誇張されていたと指摘しています。『サーニン』は当時の平均的な小説よりも性描写が詳細ですが、ポルノグラフィと呼べるほど露骨ではありませんでした。
日本での受容
日本では、『サーニン』の翻訳以前からアルツイバーシェフの作品が注目されていました。1905年のロシア革命で敗北したインテリ階級の挫折感を、青年サーニンの虚無的で刹那的な快楽主義を通じて描いた作品として理解されています。
結論
『サーニン』は、その斬新な思想と表現により20世紀初頭のロシア社会に大きな衝撃を与えました。性、道徳、個人の自由に関する進歩的な考えを小説の形で提示したことが、この作品の新規性でした。批評家たちはこの本の存在自体に怒りを覚え、ロシア人にとって危険だと考えました。しかし、1980年代以降、『サーニン』の他のテーマにも注目が集まり、主人公の進歩的な夢想とその明らかな欠点が、より大きな文脈で分析されるようになりました。


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