ワシントン・アーヴィング(Washington Irving、1783年 – 1859年)の『アルハンブラ物語』(Tales of the Alhambra)は、1832年に発表された作品で、スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿を舞台にした短編集です。
アーヴィングは1829年にグラナダを訪れ、アルハンブラ宮殿に滞在しました。当時、宮殿の一部は荒廃していましたが、アーヴィングはその魅力に惹かれ、宮殿に関する伝説や物語を収集しました。
作品は旅行記、歴史的エッセイ、フォークロアの再話など、さまざまな要素が織り交ぜられています。アーヴィングは宮殿の美しさや神秘的な雰囲気を生き生きと描写し、読者を中世のイスラム文化が栄えたアンダルシアの世界へと誘います。
物語の中には、アルハンブラに住む実在の人物たちも登場します。例えば、宮殿の管理人役を務めるティア・アントニアや、アーヴィングのガイド役となったマテオ・ヒメネスなどです。彼らを通じて、当時のアルハンブラの日常生活や、代々語り継がれてきた伝説が紹介されています。
特に印象的なのは、ナスル朝最後のスルタン、ボアブディルに関する物語です。1492年にグラナダがキリスト教徒に征服された際の悲劇的な出来事が、詳細に描かれています。
アーヴィングの文体は、ロマンティックで詩情豊かです。彼は、アルハンブラの建築美や装飾の細部、周囲の自然の美しさを巧みに表現し、読者の想像力を掻き立てます。
『アルハンブラ物語』の出版は、西洋社会にアルハンブラ宮殿を広く知らしめる契機となりました。それまであまり知られていなかったこの宮殿に、多くの人々が関心を寄せるようになったのです。
本書は単なる旅行記や歴史書ではなく、事実と想像が巧みに織り交ぜられた作品です。アーヴィングは、アルハンブラの過去の栄光と現在の姿を対比させながら、失われたイスラム文明への郷愁を表現しています。
『アルハンブラ物語』は、その後の文学や芸術にも影響を与えました。例えば、プーシキンの『金鶏の物語』は本書の2つの章に基づいており、それがさらにリムスキー=コルサコフのオペラ「金鶏」の原作となっています。
また、本書はスペイン映画の原作にもなり、アメリカのカリフォルニア州アルハンブラ市の名前の由来にもなっています。
このように、『アルハンブラ物語』は、単なる旅行記や歴史書を超えて、アルハンブラ宮殿とその周辺の文化を世界に紹介し、後世の芸術作品にも影響を与えた重要な作品として評価されています。


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