W.リップマン『世論』について

ウォルター・リップマン『世論』 政治
ウォルター・リップマン『世論』

ウォルター・リップマン(Walter Lippmann、1889年 – 1974年)が1922年に著した『世論』(Public Opinion)は、民主主義社会における世論形成のメカニズムを分析した古典的な作品です。この書籍は、メディアと人々の認識の関係性を深く掘り下げ、現代のメディア研究や政治学、社会心理学に大きな影響を与えました。

疑似環境(Pseudo-Environment)の概念

リップマンは「疑似環境」という概念を提唱し、人々が現実を直接認識することは不可能であり、メディアや文化的要因によって形成された主観的なイメージを通じて世界を理解していると述べました。彼は次のように指摘しています:

  • 現実の複雑さ:現実はあまりにも広大で複雑であるため、個人がそれを直接的に把握することは困難です[1][6][7]。
  • 疑似環境の形成:人々は自分の経験や文化的背景、メディアによる情報から「疑似環境」を構築し、それに基づいて行動します[1][5][7]。
  • 誤認識の可能性:この疑似環境はしばしば現実と乖離しており、誤った判断や行動を引き起こす可能性があります[6][7]。

例えば、戦争についてのイメージが個々人の経験や文化的象徴によって異なることを示す事例が挙げられています[4]。

ステレオタイプとその役割

リップマンは、複雑な現実を理解するために人々が「ステレオタイプ」に頼る傾向があることを指摘しました。

  • ステレオタイプの効用:ステレオタイプは簡略化された認識モデルとして機能し、人々が日常生活で迅速に判断する助けとなります[1][6]。
  • 問題点:しかしながら、この簡略化されたモデルは偏見や誤解を助長し、批判的思考を妨げる可能性があります[1][6][7]。
  • 文化的構築物:ステレオタイプは単なる個人的な偏見ではなく、社会的・文化的に構築され、メディアによって強化されるものです[1][6]。

メディアと世論形成

リップマンはメディアが世論形成に果たす役割について詳細に論じています。

  • 情報選択とフレーミング:メディアは情報を選択し、それを特定の視点から提示することで、人々の認識に影響を与える力を持っています[2][5]。
  • 合意の製造(Manufacture of Consent):リップマンは、世論が必ずしも自然発生的なものではなく、戦略的なコミュニケーションやプロパガンダによって操作され得ることを示しました。このプロセスは民主主義社会において必要不可欠である場合もありますが、その倫理性には議論があります[5][7]。

民主主義への批判

リップマンは民主主義社会における市民の能力についても批判的でした。

  • 万能市民像への懐疑:彼は、市民全員が公共政策について十分な知識と理解を持つという理想像(万能市民像)を否定しました。現代社会の複雑さに対して平均的な市民が対応する能力には限界があると指摘しています[1][5][6]。
  • 専門家への依存:そのため、リップマンは専門家による情報分析と指導が必要であると考えました。この視点には民主主義とエリート主義との間でバランスを取る課題が含まれています[1][5][6]。

現代への影響

『世論』で提唱された概念は現在も多くの問題に関連しています。例えば:

  • フィルターバブルやフェイクニュースなど、SNS時代における情報操作[3][7]。
  • メディアによる議題設定(Agenda Setting Theory)の基礎としての役割[2][5]。

さらに、この書籍はプロパガンダ理論にも影響を与え、多くの政府や組織がその手法を研究しました。その功罪両面から「悪魔の書」と評されることもあります[4][9]。

結論

ウォルター・リップマンの『世論』は、人間の認識とメディアとの関係性、そして民主主義社会における課題について深い洞察を提供する重要な著作です。その内容は約100年前に書かれたにもかかわらず、今日でも多くの問題に通じる普遍性があります。リップマンの分析は私たちが情報社会でどのように振舞うべきかについて考える際、大きな示唆となります。

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Citations:

  1. https://masscommunicationtheories.com/walter-lipmanns-theory-of-public-opinion-explained/
  2. https://journalism.university/media-and-communication-theories/walter-lippmann-public-opinion-media-influence/
  3. https://diamond.jp/articles/-/250997
  4. https://note.com/miyashinya221/n/n6a271c65e716
  5. https://en.wikipedia.org/wiki/Public_Opinion_(book)
  6. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%AB%96_(%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3)
  7. https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/57/6/57_420/_html/-char/ja
  8. https://www.weblio.jp/content/%E4%B8%96%E8%AB%96+(%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3)
  9. https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784003422212
  10. https://www.jstor.org/stable/2377415
  11. https://global.oup.com/us/companion.websites/fdscontent/uscompanion/us/static/companion.websites/9780199338863/Whittington-Readings/chapter-8/II.-Democracy-and-Liberty/Lippmann-Public-Opinion.docx
  12. https://www.britannica.com/topic/Public-Opinion-by-Lippmann
  13. https://doctorspin.net/walter-lippmann/
  14. https://eclass.uoa.gr/modules/document/file.php/MEDIA237/book%20Lippmann%20Public%20Opinion.pdf
  15. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3
  16. https://www.advertimes.com/20240415/article455266/
  17. https://mue.repo.nii.ac.jp/record/480/files/bull.mue_50_057-067.pdf
  18. https://www.vox.com/2018/8/9/17540448/walter-lippmann-democracy-trump-brexit
  19. https://www.goodreads.com/book/show/920442.Public_Opinion
  20. https://www.thebulwark.com/p/public-opinion-at-100
  21. https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AA1121824X-20140300-0075.pdf?file_id=114990

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